傀儡の恋
36
戻ったラウを待っていたのは大量の情報だった。
「……これは?」
「すみません。あちらから回ってきたものです。整理の方を手伝っていただきたいのですが……」
ブレアが即座にこう言い返してくる。
その彼に違和感を覚えたのは錯覚ではないだろう。自分がここを離れていたのは一月ほどなのに、間違いなく成長している。
それはどうしてなのか。
そう考えるが、答えを出すためのピースが足りない。そして、彼に問いかけても答えてくれないだろうと言うこともわかった。
「それはかまわないが……これのために呼び戻したのか?」
だから、今はそれについては何も言わないことにしておこう、と心の中で呟く。代わりに確認の言葉を投げつけた。
「いえ。別の理由からです。ただ、これが終わらないと動けないだけで……」
ため息とともにブレアがそう口にする。
「皆さん、情報整理が苦手なようで」
その言葉にラウは苦笑を浮かべた。
「なるほど。脳筋が多いと。それでなければ面倒くさがりかわがままか、だな」
どういう基準で選んだかはわからないが、と心の中だけで付け加えた。
「すみません」
「君が謝ることではないだろう? それに、不本意だがこういうことには慣れているからね」
ザフトでの仕事の半分以上はデーター整理だった。それは隊を率いるようになってからも変わらない。いや、帰って増えたのではないだろうか。
「それで、私が使ってもかまわない端末は?」
「それを使ってください」
ブレアがそう言って部屋の反対側に置かれた端末を指さす。
気が乗らないといった態度でラウはそちらへ向かった。
そのままあてがわれた分のデーター整理を始める。
もっとも、それに関してはあまり苦労しなかった。むしろ簡単すぎてあきれたくなるほどだ。
そんな風に余裕があったからだろうか。
それとも、予想以上に権限が高い端末だったからか。
どちらが正しいのかはわからない。ただ、好奇心が先に立っていたことは否定できないだろう。
ラウはこっそりと他の《カーボン・ヒューマン》について調べてみることにした。
即座に分割されたモニターに彼らの名前と顔写真が写し出される。そこに見覚えのある名前をいくつも見つけて、ラウは眉根を寄せた。
いったい《一族》はなにをしたいのか。
この中の一人だけでも十分、一個大隊と戦うことが可能だろうというメンバーがそろっている。
だが、彼らは決して表に出ようとはしていない。背後から世界を操って喜んでいる。そんな印象だ。
しかし、それが気に入らない。
だが、気に入らないからと言って自分にはどうすることも出来ないと言うこともわかっていた。
そんなことを考えていたからだろうか。
クリックする予定のなかった場所をクリックしてしまう。
次の瞬間現れたのはブレアのデーターだった。
そこに表示されていた内容にラウは目をすがめる。同時に、今までの違和感の正体がわかってしまった。
クローン達の共通の刻印とも言えるテロメアの問題。それが彼は別の形で出てしまったのだ。
彼の成長は一般のそれよりも早い。
おそらく、あと一年もしないうちに彼は遺伝子提供差の年齢を超えるだろう。
その後でどれだけの時間が残されているのか。ラウにはわからない。だからと言って自分が口を出すことでもないだろう。
ただ、と心の中だけで付け加える。
彼のあのどこかあきらめきったような言動の理由だけはわかった。
「ふむ……こんな所か」
どこかやるせない思いのまま、ラウはそう呟く。
「しかし、今回のことが《一族》の思惑だったとはね。あの男はどこまで手を伸ばしていたのか」
やはり腹黒さは変わっていなかったか、と笑いたくなる。しかし、それこそが彼らしい。
「今後、世界はどうなっていくのだろうな」
そして、キラはどのような形で巻き込まれていくのか。そう呟いていた。